5月12日(月)揚州散策2
朝はさわやかに鳥の鳴き声で目覚めた。朝飯は部屋についていないが、まだ腹は減らない。老化は本当に激しい。また園内を散歩する。そのまま外へ出て行き、大明寺を目指して歩き出す。約3㎞、38年前朝から何も食べずに、この寺を歩いて目指した光景が微かに思い出される。今は道も良く、木々が茂っていて日差しも遮られ、快適な散歩となる。この一帯も観光地としてかなり開発されている。

ゆっくり1時間ほど歩くと何とか大明寺に着いた。入場料が必要だが、全てスマホ(微信)で購入するシステムで人はいない。これまでは何度かトライして途中で断念、係員を探していたが、ついに一人で買うことが出来た。しかも半額券とは嬉しい。微信の使い方に慣れないと本当に中国では不便なので勉強しよう。

大明寺といえば鑑真和上。鑑真を祭る建物を建てたのは梁啓超の息子、梁思成というから、やはり日本とのご縁は深い。大きな塔も建っている。鑑真戒壇院という建物の中には回廊に多くの風鈴?が置かれ、風が吹くと何ともいい音を出している。38年前はどんな光景だったか、ボケが始まっている今やほぼ覚えがない。



帰りに唐代の遺跡を見て行こうと思ったが、ボーっと歩いていると反対に行っており、帰る方が近いからとそのまま宿に向かった。何とか11時に辿り着いたので、そのままレストランへ行き、念願の揚州炒飯を揚州賓館で食べられた。ここも量は多かったが、何とか完食。とろみのある豆腐スープも好みの味で感激。


12時に部屋を出て、また元の宿に引っ越した。揚州賓館は落ち着ける場所だったのだが、何だかちょっと寂しい。一方米系の宿は何となくネットが繋がりそうでもあり、バスタブもあったので(料金も比較すると安い)、面倒ながら引っ越した。38年前の回顧は一晩で十分だろう。
でもまだ元気だったので暑いのに外へ出た。少し歩くと交差点に文昌閣という古い建物がある。何だかタイなどにあるクロックタワーのように見える。更に進むと東関街という観光地で食わす。急に人が増え、にぎやかな通りで、両側には土産物屋や食べ物屋が並んでいる。今の中国、どこにでもある観光地だ。その中にいくつか古くて大きなお屋敷があり、塩商人などの邸宅が有料で開放されていた。


途中に門があり、謝馥春と書かれている。ここは老舗の化粧品屋さんらしい。その名前が如何にも良い。奥まで歩くと博物館のようにもなっており、揚州の老舗商店として現代でも存在感を放っている。道を川まで歩くと東関があり、そこで観光は終了した。ただ折角なので江沢民故居を探してみる。意外と分かり難い所にあり、探すのに苦労した。おまけに入り口が分からない。何と今日は月曜日で休館日と分かる。更に朱自清という人の故居にも行ったがやはりお休みだった。


横の細い道にはモスクがあるというので探してみたが、清真寺と書かれた場所はあったが、一般開放はされていないようだった。その道の名前が馬家巷だったので、もしやここは回族商人が住んでいた場所で、塩の取引等をしていたのではないかと思い当たる。ちょっと散策のつもりが気が付けば2時間以上歩いてしまい、陽が西に傾く頃、ようやく宿に戻った。

夜はさっき散策中に見つけたチェーン店へ。いい所でばかり食べていると量的にも厳しいし、何より揚州の人が何を食べているかよく分からないので、入ってみた。注文は微信だが何とかクリアーした。獅子頭はやはり美味しい。揚州湯包は薄い皮に豚肉と蟹味噌がとろけて、肉汁がたっぷり包まれている食べ物。これは台湾で食べる小籠包より美味いかも。でもうまく食べないと蟹味噌はすぐに外へ出てしまう。もう一つはエビワンタン。ワンタンが小さくていくつも入っている。スープがちょっと辛くて意外な感じが良い。ちょっとだけ夜景を眺めながら帰る。

