上海・江蘇美食旅2025(6)茶社で食事 懐かしの揚州賓館へ

昼までの時間、部屋で休んでからチェックアウト。今日は朝から何も食べていなかったので、宿の2階の「茶社」で揚州名物を食べてみる。実は街中でも茶社という文字をよく見かけた。これは揚州独特の「茶楼」なのだろうか。歴史もかなり古そうで、メニューを見ると、本格的なレストランだった。スタッフの対応は実に良く、心地よい。

料理を頼むとお茶は自動的についてきた。花茶だろうか。料理は焼売と三丁包という点心、そして主食に淮揚煮干絲にしてみた。いずれも揚州料理だという。焼売は肉が入っていないタイプ、形は火口型。三丁とは鶏肉や筍の角切りを入れて蒸した包子。特に美味しいと感じたのは煮干絲。豆腐の細切りをスープで煮たようなものだが、このスープが実に味わい深い。淮揚菜はスープが良い。どんな風に作るのか、いつか勉強してみたい。

そのまま車を呼び、今日の宿へ移動した。揚州賓館!38年前、腹を空かせて辿り着いた宿だったはずだ。今回の目的はずばりここで炒飯を食べるという一点だったのだ。揚州賓館は1985年開業となっているから、私がここに来た1987年5月は確実に存在していた。ただスタッフによれば、本日宿泊する建物「万芳園」は1997年に建てられ、現在の揚州賓館では一番古いという。ということは全面改装されてしまい、もはや面影はない。ただ極めて広い敷地にちょっと思い出せるところがあるかもしれない。

部屋は一階で、広いが何もない感じは昔のような雰囲気でよい。冷蔵庫に無料のドリンクが入っており、更に無料のスナックがテーブルに置かれていた。スタッフの対応もかなりよく、38年前からの進化がが感じられた。まずは車を呼んで揚州博物館に行ってみる。ここは揚州駅に近いので5㎞ほど離れているが、日曜日でも車はスイスイ走るので良い。

何処もそうだが、ここの博物館も建物がデカい。揚州の歴史に絞って見ていくが、展示はかなりある。隋代の運河開通、そして明清代の塩業、南北貿易で栄えた街ということだろうか。勿論それにより食もかなり発達している。淮揚菜は長江流域の広い範囲を指すようだが、宋代には既に北方、四川と並んで中国三大料理に挙げられていたらしい。

博物館の横には湖があり、湖畔を散策する。ランニングする人、ショートトラックの練習をする人など、思い思いの週末だ。それにしても今日はかなり暑い。私も疲れが相当に出てきたので、車を呼んで宿へ帰る。宿で少し休息後、宿の敷地散策をした。とにかく昼ごはんから腹が減らないのだ。だが暑さのために途中で歩くのも大変になり、車を呼んで帰還してしまう。

宿で休息。夕方宿の敷地内を何気なく散策。ところがこれが驚くほど広い。途中からは痩西湖が登場し、趣園という歴史的な場所と一体となっているので、全部歩いていたら2時間ほどかかってしまった。恐らく38年前もこの湖のほとりで時間をつぶし、食堂が開くと同時に炒飯を食べたのだろうが、今やその面影は全くない。

結局この日は腹が減らず、夕飯を断念。レストランには行ってみたが、炒飯300gと書かれていては、とても食べる気にはなれない。明日は何とかトライしよう。夜日記などを書いていると少し腹が空いたので、部屋にあったお菓子を食べて寝る。庭園ホテルなので、蚊がいるようで何だかかゆい。

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