10分ほど歩いて地下鉄に乗り、1度乗り換えて、かなり郊外へ行く。午後は呉覚農記念館へ行こうと思っていたが、常に開いているか分からないとのことで、王さんが知り合いに連絡してくれていた。結果1時間ほど地下鉄に乗り、無事に百仏園という場所に到着した。ただかなり広い敷地でどこに記念館があるのか分からない。手前に急須博物館があったので、そこに吸い込まれたところ、紹介してくれた人と会えた。

この敷地は許四海という人のもので、彼は急須作りと収集を行い、膨大な収集品をここに展示していた。7階建ての塔の1階の展示をちょっと見たが、これは許氏の工場で製造されたもので、買うことが出来るという。尚許氏は5年ほど前に亡くなり、今は息子が跡を継いでいる。

そこから紀念館へ移動した。そこには呉氏の一生涯の歴史と「現代の茶聖」と呼ばれた功績がかなりの熱量で展示されていた。ここを見れば彼の一生がどのようなものかが分かるのだが、若い頃に日本に留学し、静岡の試験場にいた時のことは、静岡側には何も残っていないとのことで、こちらの資料はかなり貴重だ。ざっと30分ほど見学した。外にはなぜか坦洋工夫茶の説明が沢山あった。習近平氏が福建にいた頃、この紅茶を称賛していたようだ。



元来た道を1時間戻って宿へ帰った。ちょっと疲れてしまったので休息をとる。2時間ほど経って、夕方また外へ出た。昨晩は徳興館だったので、今晩は上海でもう一つの老舗、老正興に行ってみることにした。実は「しゃんはいろうせいこう」と日本語読みすると、突然香港で90年代、かなり通った店が上海老正興だったと思い至り、どうしても行きたくなったのだ。
歩いて10分ほど、福州路を行くときれいな建物と持ち帰り用の店舗が見えてきた。2階に上がると、イメージよりかなりきれいで1人で入るにはちょっと勇気が必要だったが、スタッフは皆優しく案内してくれた。お客は年配者とその家族という感じだろうか。メニューを眺めると、一人で食べられるものは限られている。

前菜はやはり烤麸だろう。思っていたより甘く感じられる。どうしても食べたかった紅焼肉は柔らかかったが、塊が5つもあり、無理して食べた。最後にスープがやって来た。とろみのあるタラと青菜が入っている。これはあっさりしているが、当然紅焼肉の強い甘みには負ける。それでも思いっ切り食べて大満足だ。




腹がくちてしまい、散歩するしかない。老正興の近くには王宝和というかにで有名な店もあった。私の記憶に間違いが無ければ、1986年秋、この店で一度だけ「カニ尽くしフルコース」を食べた。料金は60元、当時の若手教師の月給の半分以上だった。前菜から最後のカニ雄雌2疋まですべてカニだった。最後のカニは面倒になり、脚を食べずに残していたら、隣の上海人から「そんなもったいないことをするな」と怒られたのは、よく覚えている。

福州路には書店がいくつかあった。これも昔の名残だろう。留学中は何度か外文書店に言った記憶もある。今の書店は現代的でものすごくきれいだが、欲しい本を探すのは至難の業だ。店員に聞くと検索してくれるが「茶の歴史の本」などといっても簡単に見つからずいくつものフロアーで探すことになる。そして結局フィットする本は見付からない。書店の中にカフェがあるのは普通だが、お茶漬け屋という店があったのは何とも不思議だ。

外灘まで歩いて行くと、浦東側のライトアップを写真に収めようと大勢の観光客でごった返していた。いつもは人込みを避けるのだが、何故か今日は参戦してしまい、なかなかに疲れた。そして宿に帰ってすぐに休んだのだが、夜中に腹が痛くなり、眠れなかった。やはり食べ過ぎは良くない。

