昨晩張会長が話してくれた茶亭。今も現存している場所に案内された。そこは田畑の続く道の先にあった。この道自体が歴史を感じさせる石を敷き詰めた道であり、その昔は旅人がここを通っていたという。そこにある茶亭とは、旅人が一服する場所であり、休息を取り、茶を振舞われた。往時は何百という茶亭があったらしいが、今は歴史遺跡としていくつかが残されていた。中は意外と広く、湯を沸かした場所もあった。夏休みで帰省していた若夫婦と子供たちが遊んでいたが、これは何とも絵になる風景だった。茶亭は日本の四国の茶堂(お接待の場)を思い起こさせる。またお接待といえば「奉茶」と繋がるだろうか。



佗城の街中はいい感じに古びていて、中国のどこの街にある老街とは異なり、昔のままであった。陳さんの知り合いの店を訪ねると、以前街のリーダーだったという男性が色々と話をしてくれた。この近くの桂林という村でかなり茶が作られているという。いつでもどこでも濃い緑茶は飲まれている。今回は地元新聞の記者が同行しており、かなり細かい話をヒアリングしていた。


その桂林村へ向かった。また小雨が降り出したが、何とか到着。そこには77歳の欧陽老師が待っていてくれ、まずはランチを食べる。田舎の食堂と侮るなかれ。トマトスープは濃厚な味わいがある。豆腐冬瓜豚肉鍋は極めて滋味深い。ここの地鶏も肉と骨がきっちり付いており、歯ごたえがすごい。飯を頼まず、おかずだけをひたすら食べ、大いに満足する。


そこから山道を狭い道を走り、義都鎮へ入った。本当に昔ながらののどかな村であり、斜面の所々に茶樹があった。欧陽老師が老茶樹を指さして、斜面をどんどん上っていく。雨がかなり強くなり嵐のようになる中、我々も続いて登ったが、途中からかなり危険な状態となる。それでも這って登り切り、何とか記念写真に納まる。喬木、樹齢200₋300年らしい。

そこから降りるのはもっと大変だったが、皆さんの助けを借りて、何とか降りきる。村人の家に入ると、何ともいい雰囲気の木のテーブルがあり、村人と共に濃いお茶をだらだらと飲む。全て手作りの家具。雨で涼しくなった室内には、なんとなく温もりがあった。標高はそれほど高くないが、冬は寒いだろうか。

更に近くの茶工場を見学する。新しい機器を入れ、規模を拡大して、桂林嶅顶峰茶を製造している。そして皺老板と欧陽老師に連れられて山道を車で登っていく。かなり高い山、標高1000mあたりに茶畑が広がっていた。ただ強烈な雨が降り出して、車から出ることも出来なくなる。これは台風の影響だろうか。


少し小雨になったところを見計らって、建物内に入る。ここは山の上の小さな茶工場。製茶はほぼ全て手作業で行われるという。聞いてみると、ここのお茶も昔から釜炒りであり、晒青緑茶はない。茶畑を見て売ると老板が茶樹の下の土を掘り起こし、「茶樹に適した土。福建の岩茶のような場所」との説明がある。更には霧がすごく、雲霧茶とも呼ばれている。確かにこの風景は素晴らしいが、この急斜面の茶摘みは相当大変だろう。




雨が止み、下山する。山の上はかなり涼しかったが、いや寒かったが、村は暖かかった。帰り際に欧陽老師の家に寄り、その茶工場を見学する。こじんまりした手作り感が素晴らしい。77歳になっても様々なお茶を学び、作り、それを伝えている様子に感動する。村から出る所に、急須のモニュメントがあり、桂林茶を売り出そうとする行政の様子も見て取れた。
