そのまま車で帰路に就く。途中潭江鎮でランチを食べることにした。適当に見つけた食堂に入ると、何だかいい匂いがしてきた。まずは豚肉スープから始まる。スープが重要でしかも安いのは、ここも同じ。更に周囲の人も食べていたのは、何と水煮魚。四川料理の代表銘柄だが、この店の看板メニューだという。しかも食べてみるとかなり美味しい。やはり山間の街なので、川魚を使った料理として取り入れられたのだろうか。老板娘が先ほど行った村の茶を飲ませてくれた。


帰りは雨も止んで快適だったが、この雨をもたらしたのが台風だと聞き、ちょっと驚く。こんなところに台風が来るのだろうか。しかも調べてみると、私が台北を出る時に出会った台風が、何とその先でV字に進路を変更して、劇的に梅州方面へ入ってきたというのだから、これはもう因果応報だろうか。お陰で涼しかったとも言えるが、ダムの貯水量はかなり増していた。

梅県まで辿り着くと雨も上がっていたので、客家祖祠に行ってみる。そこは意外と大きな敷地があり、客家百姓と書かれたボードには漢族の主要な姓が網羅されている。客家とは何か、さっき畲族村で持った疑念が、違う形で膨らんでいくのを感じる。何となく分かるのは、「よく分からないのは、民族間の融合がかなり進んだ結果」ではないか、ということだろうか。

夜は梅県中心部、繁華街へ行ってみた。車を降りるといきなり「犬肉」の表示があり、ちょっと驚く。客家は犬肉を食べるが畲族は伝統的に犬を食べない(言い伝えでは犬が祖先)ので、この辺りから違いが見出せるのかもしれないが、既に同化して久しい場合はどうだろうか。

繁華街は、今や中国のどこにもあるような、少し古い町並みを利用して飲食店や土産物屋が並んだ老街だったが、雨のせいか、観光客は非常に少なく、閉まっている店もあり、なかなか食事にありつけない。結局一周回って、また手作り麺とスープに落ち着く。しかしこれが美味いので満足して帰る。


7月11日(金)河源で客家擂茶
梅州最終日の朝、トミー家の近所で朝食を取る。折角なので麺以外で探すと、やはり腸粉が目に入る。これは潮州式腸粉だろう。ついでにワンタンスープも頼む。これはかなりボリュームがあって旨い。店内を見ると午前9時頃でもほぼ満席の盛況。人気店だと分かるが、ここの人たちは朝ご飯に時間をかけている。



寺に入ると、かなり新しい雰囲気がした。1980年代、恐らくは文革の被害に遭った寺を再建するために寄付したのは、海外に移住した人々だった。壁に描かれたプレートでそのことが分かる。所謂探親が始まり、華人が故郷を訪れる機会が増え、貧しい故郷に金を置いていったのかもしれない。客家もかなりの人口が海外に出ている。


寺から市内に戻り、荷物を持って車に乗る。ついに梅州を離れることになった。3泊したが、予想以上の成果があった。しかしそれ以上に謎は深まったように思う。小雨の中、梅州西駅に辿り着く。「客都」という文字が見られ、ここはやはり客家の里だな、と思いながら、高鉄に乗り込む。さすがに乗客は多くはない。
