広東客家茶旅2025(3)梅県清涼山を冒険する

7月9日(水)梅州清涼山へ

朝は気持ちよく目覚める。この宿は恐らくマンションを改造して作った宿泊施設で、大きな湯舟があるほか、何となく無駄な作りが多い。宿の朝ご飯、客家腌麺を食べてみる。他の麺と違って、麺を茹でてそこにネギをちょっと乗せただけの実にシンプルな汁なし麺が出てきて驚く。でもこの麺がなぜかうまい。梅州では常にこの麺にお目にかかり、常に美味しく頂いた。

それからトミーと落ち合い、車を呼んで郊外の茶産地を目指した。車は少し走るといきなりわき道から山を登り始めた。梅県市内からこんな近くに山があり、そこがかなり厳しい坂だと知り、驚いた。道路は舗装されており、走るには問題ないが、人も車も全く見られない中、車はどんどん上っていく。思いの外山深い、民家もほぼない場所まで我々は連れていかれた。

山の斜面に茶畑が見られた。2軒ほど茶農家らしい家もあった。そこで我々は車を降りた。私は帰りを大変心配したが、トミーは「冒険しよう」と言い、運転手は何も言わずに去っていった。昨日はかなり暑かったが、今日は曇りで暑くはないのでフラフラ歩いてみる。トミーは小型ドローンを飛ばして遊んでいる。標高800m、山の斜面に茶畑が徐々に広がっていく。

少し歩いて行くと立派な建物があり、その横には公衆トイレまであった。ここは村の茶業会社の建物のようで、中に人がいたので入ってみた。お茶を淹れてくれた男性は50歳程度で、子供の頃からお茶作りをしているという。この地域の茶の歴史は古く、明末か清初には茶樹があったと聞いているらしい。ただ古い茶の木は既に無くなっているという。

ここでは伝統的に釜炒り緑茶が作られており、1970年代の茶工場が建てられ、商業生産化がなされた。近年は同じ広東省英徳の茶師から指導を受け、紅茶生産も始まったという。飲ませてもらったところ、緑茶はかなり渋みがあり、昨日飲んだ客家茶、という感じがする。紅茶は生産開始後数年しか経っていないが、意外に香りがあり、美味しい。

お茶を少し購入させてもらい、また歩き始めた。向こうに茶畑が良く見えるテラスがあり、写真を撮った。ここに「1968年ここに知識青年が文革で下放されてきたこと、その後茶工場が建てられた」ことなどが説明されていた。確かにここは街に近い割に奥深い山だからちょうどよかったのかもしれない。最後の知識青年が帰ったのは1982年、そして現在その青年たちが昔を懐かしみ、ここを訪れているらしい。この付近には民家があり、民宿もある。

歩いてもと来た道を戻る。雨が降ったら困ると思ったが、何とかもっている。しかし車は1台も通らない。人もいない。これで帰れるのかかなり心配になる。ずっと歩いて行くと、家があり、その横に小さな茶工場があった。覗き込むと製茶している。話を聞くと、茶を飲ませてくれると言い、家に案内された。

梁さんは40歳。幼い時から茶に親しみ、若い頃は深圳に働きに出ていたが、志を持って帰農した。お茶作りにはとても熱心で緑茶の渋みを取るために、黄茶の製法を一部取り入れた茶を作っていた。家の前には鶏がゆっくり歩いているが何とも良い。雨模様になった時、梁さんが「街まで送って行こう」と言ってくれ、我々は無事の帰還を果たした。

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