タイ北部茶旅2022(5)静かなチェンマイを歩く

確かに部屋はかなり広く、風呂場も広く、浴槽にはジャグジーまでついていた。しかも1階でプールは目の前、これはもう完全にカップル用の部屋だった。しかし冷蔵庫が見当たらない。スタッフも一緒に探したがないという。何でこんな立派な部屋に冷蔵庫がないのか?後で氷を貰ったら、そこのスタッフが『絶対ある』と言って再度探し、物入れの下の二十扉から冷蔵庫を発見した。部屋はそれほどに広い?

腹が減ったので外へ出た。さっき通り掛かって気になった麺屋へ行ってみる。牛肉麺と書かれているが、台湾の物とは違うようだ。それでも牛肉が柔らかく煮込まれていて十分に満足できる味だった。外国人もタイ人も食べに来ており、常にお客がいる店だ。華人の家族経営、素晴らしい。

それから場内をフラフラと歩いてみる。残念ながら閉鎖されたホテルやレストランなどがいくつも見られた。観光業、特にこの地域では、観光客が来なかったコロナの2年間はかなりの打撃になってしまったようだ。そしてトゥクトゥク、ソンテウドライバーにとってもお客のいない日々が続いていただろう。恐らく最近ようやく商売を再開した、という雰囲気が漂う。

こんなに人がないチェンマイなら、お寺巡りをしてみようと思う。まるで2年前に行った京都の静けさが思い出される。まず木造のいい感じの建物が見えたワットパンタオに入ってみた。天気も良いので写真も映える。そして後方を見ていると、向こうに崩れかけたものが見えたので、行ってみた。そこはワットチェディルアンというチェンマイ一の名所だった。

ここでは入場料50bを取られた。中に入ると女性たちがお祈りしていたが、そのお堂は女人禁制であり、なぜ入ってはいけないが英語と中国語でも説明されていた。それでも納得できない外国人はいるだろう。お堂の中は非常にきらびやかで美しい。ランナー様式だと書かれている。

1391年この寺はメンラーイ王朝第7代セーンムアンマー王が建立したと伝えられる。チェンマイで最も大きな仏塔のある寺院。仏塔は、創建当時で高さ約80メートル、四角い形をした基壇の一辺も約60メートルと巨大なもので、市街地の真ん中にそびえ立っている。当時の王は仏教の宇宙観に従って、都の真ん中に須弥山に擬えた大きな仏塔を置き、それを囲うように8つの方向にもひとつずつ寺院を建立すると、王朝の繁栄がもたらされると信じていた。現在の仏塔は1545年の大地震で先が壊れ、後に修復されたもの。

ここで暑さを避けて木陰に座っていると、何ともいい風が吹いてきて、眠気を覚える。実に落ち着きのある、静かな午後だった。図書館にも入ったが、停電中でよく見えない。近くにすごく高い木があった。枝葉は上の方だけに生えており、とても特殊な形状だったのが気なった。

三人の王の像のところまで歩く。三人とは、マンラーイ王(中央:チェンマイ王朝王)、カムムアン王(左:パヤオ王国国王)、ラームカムヘーン王(右:スコータイ王国国王)だという。その向かいにチェンマイ民俗博物館があったので、入ってみる。入場料100b。展示品はかなり豊富で見応えがある。

暑さで疲れたので一度宿へ戻り、部屋のジャグジーで寛ぐ。これならプールに入らなくても気分が良い。夕方夕飯を探しに外へ出たが、以前行った和食屋はタイ料理屋になっており、近所の新しい和食屋は満員で入れない。仕方なく華人経営の店に入ったが、愛想がない。カリカリ豚と揚げた魚、スープと白米で270bも取られた。なんでチェンマイらしいものを食べなかったのだろうか。夜は広いお部屋で一人寛ぐ。

9月17日(土)チェンマイ散策

眠りが深かったのはベッドが良かったからだろうか。すっきりとした朝を迎え、朝食に行ってみる。お客は2組しかなく、従業員もいない。何とか注文して、サラダなどを取っていると、中国人家族4人がものすごい勢いで口論を始めた。最初は『中国語の甲高い声、懐かしい』などと思っていたが、それは長く続き、食堂に響き渡る。ああ、またあの煩い日々が戻ってくるのだろうか。ハワイから来た男性が負けじと大声で英語を話す。食事の味は覚えていない。

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