コンベンションセンター駅(会展駅)は本当にあった。そこから地上に上がり、センターの脇を通ると宿に到達した。香港は常に進化している。この宿は初めて来たが、狭いものの意外ときれい。ハーバーも少し見えて快適。以前は料金もかなり高かったろうが、今はそれほどでもない。ちょうどテレビで女子サッカーが始まったのでそれを見ていたら暗くなってしまった。


夜9時頃宿を出て夕飯を探す。湾仔でご飯を食べるなんて何十年ぶりだろうか。25年前、1か月ほど付近のホテルに滞在したことを思い出す。何となく昔からあるレストランも目に入る。夜9時でも結構賑わっているのは中国人観光客のお陰。今では普通話も普通に聞こえてくる。

一軒のレストランへ入ったが、広東語ではなく普通話で話している。これが香港の変化だろうか。ガチョウが有名の店だったが既に売り切れ。鶏と豚肉ご飯を頼み、凍檸茶で流し込むのは何とも良い。食べ物だけは昔の香港を想い出させてくれる。MTR湾仔駅付近は賑やかだが、宿のあたりは非常に静か。


7月14日(月)久々の長洲島
翌朝は目覚めて窓の外を見ると、もやったハーバーがある。これも香港らしい風景だ。外へ出てMTR湾仔ではなく、金鐘駅まで歩く。こちらも10分ちょっとと便利だが、朝からかなり暑い。明都酒楼という看板が見える。ここはワゴンで点心を出す店だったが、もうすぐ閉店と聞いている。上環まで乗っていき、懐かしい街を歩く。お茶屋はまだ開いていない時間だ。ちょっと朝ご飯でもと思ったが、昔よく行ったお粥屋は観光客に占拠され、おまけに暑くて食べる気にもならない。

少し上って懐かしのキャットストリートを歩く。骨董街で、25年ほど前通った界隈だ。老舗の茶餐庁があったので、何十年ぶりかで入ってみた。少しきれいにはなっているが、雰囲気はあまり変わらない。そして後継ぎと思われる男性が丁寧に英語で接客してくれたのは嬉しい。思わずキチンチョップまで注文して豪勢な朝食となる。代金はオクトパスで払える。こういう店は残って欲しいな。



そこからセントラルの埠頭へ。歩くとかなり距離があったが、懐かしい風景が広がり、どんどん進む。そして懐かしい長洲島行きフェリーに乗る。10年以上前、ラマ島、ランタオ島(ディスカバリーベイ)にも住み、この埠頭をいつも使っていた。長洲島は8年ぶりだろうか。



30分で島に着く。埠頭を出るまでは、目的地の方向に自信が無かったが、出たらすぐに分かった。やはり2週間でもここに住んでいたのは大きい。だが最後の位置は不確かだった。それでも何とか福華茶荘に辿り着く。ここは13年前、「長洲島でプーアル茶を作っていたお爺さんを探せ」という無茶ぶりにめげず、辿り着いた場所だった。


中に入ると女性が私の顔を見て「おー」と言って寄って来た。8年ぶりでも一目で思い出してくれたのは、本当に嬉しい。ご主人も含めて再会を喜んだ。店は元々ベビー服屋の中でお茶を売っている感じだったが、今回行ってみるとベビー服は無くなり、完全な茶荘になっていた。そして盧鑄勛氏の生前の写真が飾られていた。


盧鑄勛氏は戦後ここでプーアル熟茶を作り始め、その後アジア各地でも作った伝説の人物。私は3-4回会っているが、残念ながら5年前に亡くなった。一度お悔やみに来たかったのだが、コロナもあって今日になってしまった。お墓参りにも是非行きたかったが、お墓は山の上にあるとのこと、この暑いのにとても連れてはいけない、と言われ、後日涼しくなってから行くことになった。ちょっとお茶を買って失礼した。

帰る前にどうしても食べたい物があった。この暑いのに「粥」。港近くの食堂は屋根はあるが屋外で、扇風機は回っているが、暑さをしのぐには少し足りない。食べている人も僅かで、しかも多くが焼きそば。そんな中でもお粥を食べる。汗が噴き出しても、やっぱり旨い。凍檸茶をすすりながら、何とか完食する。達成感があるが、すぐにスーパーに潜り込んで涼を取る。

