また従妹の店へ行った。そこから郊外の観光地、雁南飛へ向かった。車で30分ほど行くと、山深い中に観光施設があった。残念ながら雨が降り始め、建物の中に逃げ込む。そこはお茶の試飲を勧める他、お茶や茶器を売っていた。かなり広いスペースで眺めも悪くない。そこで従妹の娘とその友達も合流した。

彼らと一緒に傘をさして茶畑を見に行った。かなり深い森の中で、茶畑は良く見えなかったが、ここでお茶が生産されている様子は分かった。もとは釜炒り緑茶、今は紅茶でも白茶でも何でも作っている。やはり釜炒り緑茶だけでは利益は上がらないようだ。

夕飯はそこのホテルのレストランで食べた。昨晩食べなかった梅菜扣肉、釀豆腐、塩焗鶏(これらは香港では広東料理の店でも提供されている)など、客家の名物料理が次々登場した。前菜の蘿蔔干はたくあんのようで、実に美味い。勿論スープとお粥も忘れられない。保存食の概念からか基本的にしょっぱいのだが、私にはとても合っている。



7月10日(木)鳳凰山の裏山へ
翌朝はトミーの従兄弟が車を出してくれ、かなり遠い場所へ行くことになった。まずは梅県を出たあたり、高速に乗る手前で朝飯を食べる。客家腌麺は昨日の朝も食べたが、是非もう一度食べたいと思っていた。ただ本日は麺ではなく腌粉であり、豚肉の入ったスープ麺だった。これまた旨い。テーブルに昔のポットが置かれており、お茶が入っていた。やはり客家は日常的に茶を飲んでいる。


昨晩雨が降ったので山路は難しいだろうと高速道路に乗り、潭江鎮まで行く。ここは川が流れており、集落が大きい。そこから山沿いを走り、約2時間かかって豊順県鳳坪畲族村に辿り着いた。ここは潮州鳳凰山の裏側に当たるが、ここまでは梅州の管轄だという。梅州は広い。

畲族村なので、畲族の説明書きが広場にあり、中には「中国畲族故里」とも書かれている。鳳凰山石古坪との関連はどうなっているのだろうか。そこには鐘氏祖祠が建っており、近くには藍氏祖祠もある。如何にも畲族の村だが、人口1000人の内、畲族は600人余り、残りは漢族(客家)らしい。この広場から上は畲族、下は客家と住み分けされている。

周囲には茶畑もあり、建物はかなり立派で裕福な感じがする。ちょうどバイクで通りかかった人が声を掛けてくれ、取り敢えず彼の家で茶を飲むことになる。場所からして客家の人なのだが、苗字は鐘だという。「あなたは客家?」と質問すると一瞬迷いながら「そうだ」と答えたが、「実は畲族の家に婿入りした漢族の子孫の苗字は鐘を名乗るのだ」という謎の説明があり、戸惑う。畲族の姓は藍、雷、盤、鐘の4つだと言われているが、その中にも区別があり、また漢族との同化を示すヒントがあるということか。


この鐘さんの自宅兼茶工場はかなり立派な建物だった。聞いてみるとやはり若い頃は深圳で出稼ぎしており、数年前にこちらに戻ったらしい。それは鳳凰単叢ブームと関連がありそうで、単叢を作ってかなり儲かったという。確かにこの辺は梅州とは言っても、ほぼ潮州エリアであり、土壌、気候も鳳凰山と変わらないため、高騰した鳳凰単叢の廉価版として茶がかなり売れるらしい。鐘さんの家族は梅県に住んでいるというから、子供の教育にもお金がかけられるのだろう。


ここでお茶がいつから作られているのかは分からない。ただ石古坪にも烏龍茶発祥の地だという人がいるので、ここも数百年前から茶樹はあったことだろう。そして現在は梅州管轄だが、潮州の管轄だった時期もあるに違いない。釜炒り緑茶でなく、烏龍茶系が作られていてもおかしくはない。確かに鐘さんの単叢は美味しい。

鐘さんに教えられて、山を更に登っていくと、そこにはインスタ映えする茶畑が広がっており、単叢の製造過程が壁に描かれている。この道をそのまま登っていくと鳳凰山の山頂に到達し、反対側を降りれば、鳳凰鎮へ行けるというから、本当に近い所へ来た感触がある。鳳凰単叢がブームになり、茶畑が拡大している様子が顕著だ。

