中国最北端を行く(3)北京 ウイグル料理を堪能

2月15日(土)

ウイグル料理

今日は朝から馬連道へ。馬連道といえば普通はお茶市場へ行くと思うのだが、実は違っていた。ここに新疆の兵団レストランがあるという。面白そうなので後輩のKと出掛けることに。ところが地下鉄で現地に向かっている途中、短信が入る。『体調が悪いので昼は勘弁を』ということで、一人で突撃。

 

北京も地下鉄が沢山出来てきたので、どれに乗ってよいか分からない。が、以前は地下鉄では行けなかった馬連道の近くまでは電車が通っている。地図で確認して行ってみたが、ちょっと乗り間違えて、かなり歩く羽目に。よく知らないと北京は広いので要注意だ。

 

兵団とは日本でいえば屯田兵。中国建国後、新疆に引き続き駐留した軍隊で、平時は農業などに従事する。新疆でのその規模はかなり大きく、ある街では街の行政と同じ規模であったりする。今や漢族の新疆政策にも関わっているかもしれない。

 

レストランは兵団大廈の1階にあった。そしてきれいであった。イメージはちょっと違う。兵団は北京に不動産を持っていたのだ。ただ店内には人影がなかった。時間が早過ぎてまだやっていなかったのだ。ウエートレスが一人いたので聞くと、座っていていいという。特に急いでいないが、一人で長居するような場所でもなさそうだったので、ラグメンを頼み、食べて出てきた。

 

休日なので開店前から人が来て、注文を開始。皆、串羊肉を頼み、美味しそうな料理を頬張っている。勿論一人で来ている者などいく、家族か友人とだった。子供たちもいる。楽しそうだ。確かに兵団のイメージとはちょっと違う。一応本格的な新疆料理として、この辺では有名なのだろう。

 

お茶でも見ようかと思って、メインビルに入る。ここは10年以上前に時々来た場所。今ではこのビル以外に6‐7の茶城があるらしい。それ以外にも周辺には沢山の茶荘があり、どこに入ってよいかも分からない。メインビルも殆どお客は歩いていない。今日まではまだ正月気分、中には店を閉めているところもある。

 

2月に紅茶の会でお話することを思い出し、正山小種を見て回る。このお茶はイギリスではラプサンスーチョンという名で今でもファンが多いが、中国人にはあまり好まれない。何故ならこの茶の特徴は、松の木で燻して作るため、その煙のにおいがきつい。そこで最近紅茶を飲むようになった中国人向けに、この燻製を弱くして茶を作っている。

 

この茶城を歩いていても、現在では中国人向け正山小種しか見つからない。何故ならこの方が売れるし、また作るのが簡単だからだ。現在の中国の茶作りでは無理して面倒はしない。ようやく匂いが強い茶を発見したが、値段はかなり高い。手間がかかっているので仕方がない。今はそんなものだ。

 

それから国貿3期まで戻り、マスコミ関係者S氏と会う。彼は精力的に活動しており、仕事の他、別の勉強、本の出版など、あまりの忙しさに疲れ果てていた。偶には気分転換もいいのでは、と夜の新疆料理会食に誘った。

 

夜は西二環路外の新疆レストランで、同窓生と会食。そこに有名ライターC氏も合流、更には道に迷いながらS氏も到着。皆で美味しい新疆料理を堪能した。昼間のうっ憤を晴らした形だ。このレストランもお客にウイグル人はいなかった。

 

2月16日(日)

文革運転手

今日はハルピンへ向かう日。午前中は原稿整理などをして過ごし、昼は昔馴染みのOさんと食事。彼女とは留学時代からの腐れ縁だが、その息子レオが大きくなっているのにビックリ。まあ5年も経てば当たり前か。ずっと中国にいるレオだが、中華料理よりはハンバーガーなどがいいらしい。そこはアメリカンとのハーフ、それもいいか。

 

ホテルへ戻り、タクシーで空港へ。市場の前から拾ったのだが、運転手がとても親切。運転席の横のライセンスを見ると、名前は『文革』。やはり1966年の生まれだという。彼は言う、『生まれた年から色々なことがあった。そしてタクシーの運転手になったが、いいことはあまりない。それでも生きているからまあいいか』。さすが文革氏、言うことが違う。

 

空港でN教授と落ち合った。そしていよいよハルピンへ。エアチャイナを予約したつもりだったが、搭乗してみると、大連航空と書いてある。エアチャイナの系列なのだろう。ただサービスは違っている。食事は出ずに、パンだけが出た。

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