ある日の台北日記2025その1(7)猫空再び、陳先生から台湾山茶へ

6月20日(金)またも猫空へ

今日は黄さんと会う。待ち合わせ場所は新店。車で迎えに来てもらい、すぐに山道を行く。よく見ると一昨日喘ぎながら上った道ではないか。車だとこんなに速いのか、とボーゼンとなる。張さんの工房も過ぎて行き、かなりの高さで車は止まる。ここは7年前に黄さんに連れてきてもらった茶農家だった。

猫空は基本的に張姓が多いのだが、ここの老板は林さん。でもやはり張家と関連があるらしい。正宗鉄観音は勿論のこと、最近は安渓の黄金桂品種で烏龍茶などを作っているという。黄金桂で鉄観音製法と首をかしげたが、まあ物珍しさにその紅茶版を買ってみる。ある意味で滅茶苦茶だが、面白いからよいか。

鉄観音茶がどんどん軽くなっている実態については、コンテストにおける改良場の審査員の好みによるのだという。勿論好みは誰にでもあるだろうが、私的には改良場がその方向性を打ち出す場がコンテストであり、その入賞茶が台湾茶の方向性を示しているのだと思っていた。果たしてどうだろうか。

山を快適に降りて、木柵へ戻る。ここで美味しいガチョウを頂く。同じ通りに2軒のガチョウ屋が見えたが、何でも離婚した夫婦が別々に店を出しているのだとか。味は基本一緒だろうか。まあとにかくガチョウ肉は美味しい。黄さんに大いにご馳走になってしまったが、何とも贅沢なランチだった。

黄さんの車で宿泊先近くまで送ってもらい、久しぶりに意翔村を訪ねる。陳先生に会うのは6年ぶり。最近は店が開いていない、先生が店にいない、という状態が続いており、今回は知り合いに連絡してもらって店に向かったが、それでも店のシャッターは閉まっていた。帰りかけたところ、ちょうど暑い中先生が歩いてきた。お元気そうで何よりだ。

そこから2時間半、10数種類のお茶を飲みながら、私は茶歴史の質問を繰り返し、先生はどんどん答えていく。なるほど参考になる、という回答をいくつももらい、励みになる。台湾プーアル茶の歴史、何となく面白い。訪ねるべき店をいくつか教えてもらったので、話を聞いてみよう。急に雷雨に見舞われたが、すぐに止み、お暇する。

帰りに近所でようやく牛肉湯肉絲麺にありつく。一番馴染みの店はずっと閉まったまま、また内輪もめが始まったか。隣の店で先日牛肉湯麺を注文し、具がほぼ入っていなくてかなり落胆したので、今日は肉がちゃんと入っているだけで良しとしよう。本当は一押しの店のスープの味が懐かしい。

夜永康街へ行く。実は台湾山茶についてセミナーをやるという話しが突然持ち上がり、その流れで三重のF4紅茶が手に入らないかとYさんに連絡したら、何と台北にいた。そこで急遽お茶会に参加することになる。しかもそこには山茶研究者の汪博士までいて、これは一石三鳥ぐらいの驚きだった。

台湾山茶を飲みながら博士の山茶の歴史談義を聞くのは何とも贅沢だ。眉原山、六亀、そして台湾山茶の定義など、ちょっと参加のつもりがあっという間に3時間ほどお茶を飲み続けた。YさんからF4紅茶の生産予定も聞けたので大満足で帰る。今晩は色々な意味で興奮が重なり、眠れる夜となった。茶縁が取り持つ、いい夜だった。

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