バンコク滞在記2023その1(3)ヤワラー案内人に会う

2月22日(水)ヤワラー案内人に会う

本日はチェンマイで出会った華人研究者から紹介された『ヤワラー案内人』、ソムチャイ氏と会う予定となっていた。ちょうどチェンマイで知り合ったばかりのY氏が潮州人研究者ということで、同行してもらう。まずはヤワラーに泊まっているY氏のホテルへ行く。こんなところにホテルがあるのかとちょっと驚く。そこからいつものジョークを食べに行く。

そして待ち合わせ場所へ。ソムチャイ氏もサンペン市場出身の潮州系ということで、お話を聞くべく、近所の小さなカフェへ行く。ヤワラーの歴史、潮州系華人についてなど、多岐に渡る我々の質問に英語で丁寧に答えてもらった。潮州系華人から直接話を聞く機会はあまりなく、大変参考になる。ソムチャイ氏はヤワラーを紹介する活動をずっと行っているので、回答の要領が良い。

お昼になり、ソムチャイ氏は『ヤワラーに3軒しか残っていない伝統的な潮州料理の店に行こう』と連れて行ってくれた。そこはヤワラー大通りを少し入ったビルの2階。知らない人はほぼ入れないレストランだった。階段に一人用の昇降機が設置されており、その客層、年齢層が分かる。

かなり広い店だったが、お客はいなかった。テーブルとテーブルの間がかなり空いているのはコロナのせいかと思ったが、ソムチャイ氏は『いや。昔からかなりあいていた。以前は商売の話や金の貸し借りもやっていたから、あまり近いと不都合だった』というので、妙に納得。実は潮州商人の生々しい現場だったのか。Yさんはかなり詳しいヒアリングを行っている。

料理は実に美味しかった。焼売が広東風ではない。魚の胃袋スープも潮州系だったのか。タイ料理でいうクイッティアオより、濃厚な麺。勿論ふかひれやカニなどもふんだんにメニューに載っているが、そんなものを食べなくても十分に満足できる。午後1時頃まで誰もいなかった店内だが、そこから数組が次々に訪れて盛況となる。まるで香港時間のランチのようだった。

ソムチャイ氏と別れて、ヤワラーを歩く。古い建物が目に付く。川まで歩いて行くと、気持ちよい風が吹いている。またヤワラー通りに戻り、更に細い路地に入っていく。ベトナム寺がある。本当はダブルドッグへ行こうと思っていたが、2時になっても閉まったままなので、諦めて王さんのところへ行き、お茶を飲む。潮州人を研究しているとYさんを紹介すると、潮州人との商売の苦労話が沢山出てきた。それは潮州人主体のヤワラーで商売するのは大変だったであろう。潮州人は商売人だと良くわかる。

2月23日(木)ヤワラーの潮州茶荘とおしゃれなピース

何と2日続けてヤワラーに行く。今日はチェンマイで出会ったスティーブンの案内で、潮州系茶行を訪ねた。そこはファランポーン駅から橋を渡ってすぐのところにあり、何度も前を通っていたが、入ったことはなかった。昨日も会ったYさんもすぐそこに宿泊していたので、合流する。

美記茶行は創業100年を越えているという。福建系が大体1930年代創業が多いなか、1910年頃となると、店舗を持っていたのだろうか。それともバンコクに渡ってきた年代なのだろうか。天秤棒で担いで売り歩いた名残の木桶が見られる。店主は陳氏の3代目だというが、華語はあまり話さない。この店舗は戦後の建物だろうか。奥では今も茶葉の焙煎がされており、老舗には違いない。コロナ禍においては、ネット販売なども始めているようだ。

潮州と言えば、今では鳳凰単叢など有名な烏龍茶があるが、往時は福建茶を主に商っていたという。面白いことにお茶は福建から来るのだが、船はスワトウの港から出ており、茶葉は一度スワトウに集められていたらしい。それほどスワトウ(潮州)-バンコク航路は乗客がいたということだろう。

それからスティーブンの車に乗って、ルンピニ公園の北側にある、立派なモールの、立派なレストランの屋外で、ご馳走になる。ガチョウをはじめ、潮州系の味付けの物を沢山味わって至極満足。こんなところにこんな場所があるなんて、全く知らなかった。腹が一杯で動きがかなり鈍くなる。

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