滋賀中心の関西茶旅2022(4)政所から朝宮へ

お昼は道の駅へ行く。ここはダムカレー(近くに永源寺ダムがある)が名物と言われたが、残念ながら今日はなかった。というよりも昨日からどう考えても食べ過ぎで、腹は全く減っていない。取り敢えずうどんを食べて、後はお店の商品を眺める。地元の人も来てランチを食べている。ダムに沈んだ村があることを思う。

午後は君が畑の木地師ミニ展示館へ向かう。こちらでも展示物を見学して、説明を受け、更にお茶を頂く。君が畑と政所茶などの説明版もあり、また昔の粗揉機も展示されていた。ただやはり木地師と茶の繋がりについては出てこなかった。むしろ管理している方の個人的な歴史に大いに興味を惹かれ、その話がメインになっていく。

更に黄和田という集落へ行く。そこに95歳で非常に元気なお婆さんがいると聞いて会いに行く。確かに95には見えない話ぶりに驚く。そしていまでも現役で農作業をしており、明日の打ち合わせをしていた。家の前には茶畑が広がり、その奥に大きな桜の木が植わっているのが遠目に見えた。何とも幻想的な風景に生きている。

最後に車を飛ばして永源寺図書館へ行き、資料を探した。残念ながら木地師と茶を直接結びつけるものはなかったが、これまでに聞いた様々な話を整理するのに良い資料が見つかり、コピーした。松下先生の寄稿に『木地師と茶は関連があると思うので、木地師研究の中で是非明らかにしてほしい』とあったが、それはなかなか難しいようだ。

宿へ帰ると、またイワナ中心の美味しい料理が目に前に出て来る。食べ過ぎは良くないと分かっていても、出てきてしまえば、腹の中に納めなければならない。一品一品それを繰り返していくと、いつしかデザートまで行き着いてしまい、今日も重たい腹を抱えて寝ることになる。

4月7日(木)政所から朝宮へ

今朝も美味しい朝ご飯を頂き、名残惜しい宿を去る。今日はYさんの案内で、政所の茶畑を見学する。何と言ってもYさんが10年近く心血を注いで守り育てた茶園。川を挟んで、実にいい感じで谷に向かって茶樹がある。畝ではなく株である。話を聞いて風景を眺めるだけで、ちょっと涙が出る。樹齢300年という茶樹が無造作に目の前に現れる。政所茶の歴史が窺われる。

『この地域の人たちは、家が朽ちる前に自分で更地にして出て行く』と言う。放棄茶園が増加する中、いくつも更地になった茶畑に遭遇した。Yさんたちが考えた『一坪茶園主構想』も地元の方々の土地への愛着からとん挫した。潔いが保守的な土地柄。一方この自然環境を愛して移住者は少しずつ増えている。週末畑を管理するグループも増えている。これから政所茶はどうなるのか。

ここでYさんと別れて、我々は永源寺に向かった。入口が分からず裏口に行ってしまう。何とか正門へ回るとそこには階段があり、登れるか不安だったが、段数は少ないというので登っていく。ここは江戸時代彦根藩の領地。井伊家の霊廟がある。門も古風で立派。だが入場料は自販機で買う現代システムだった。

観光客など全くおらず、全体的に非常に静かなお寺だが、お掃除している僧たちに頭を下げても何の反応もなく(禅寺の修行だからか)、何だか殺風景?な気分が漂い、とてもお茶の歴史の話を聞くような雰囲気はない。境内を見渡しても残念ながら茶はなかった。

最後に政所茶を購入しようと道の駅に向かう。何とその場所を完全に勘違いしており、宿の先に道の駅があった。それでもお茶をゲットできたので満足して、政所を去る。ところがこの時また道を間違えてしまい、朝宮まで大回りする。おまけに途中になぜか渋滞まであり、なかなか到着しない。

街道から少し山へ入ったところに茶畑があった。畝の形状が少し変な恰好?その先に仙禅寺と書かれた表示を見つけた。 大きな朝宮茶発祥地の石碑もある。残念ながら観音堂は改修中で、中はよく見られなかったが、非常に静かな山の中で、何とも癒さる雰囲気がある。

朝宮茶は平安初期の最澄に繋がると言われているが、栽培が盛んになるのはもう少し後のことだろう。明治には紅茶も作られたと聞き、その辺を知りたくて、近所のお茶屋さんを訪ねてみた。だが何と定休日。道の向かいにはべにふうきの茶畑があり、和紅茶が作られていることは分かった。

特に宛もなかったので、朝宮を離れて、大津に向かうことにしたところ、運転していたUさんが道路脇の看板を発見。片木古香園と書かれており、何と数年前、無農薬栽培の抹茶を探して訪ねたことがあるというので、いきなり行ってみる。ちょうど店主のKさんがおられたので、朝宮茶について、色々と教えて頂く。

何と言っても朝宮茶の特徴はその独特な味と香り。琵琶湖畔のこの地域独特の気候、寒暖の差に起因するといい、取引価格も他より高いらしい。歴史的に有名な朝宮茶だが、かなりの茶が宇治へ送られ、宇治茶となっているとも聞く。ここのお茶は5月頃作られるが、実は飲み頃は11月だと聞き、何だかミャンマー茶の話を思い出す。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です