サクッとビエンチャン旅2020(3)ビエンチャンからバンコックへ

3月14日(土)ビエンチャンからバンコックへ

昨夜は蚊に刺されて眠りが浅かった。バンコックなどの宿では蚊に刺されることも減り、無防備だったのが災いした。朝起きてロビーに行ってみたが、朝食を食べている人はおらず、泊り客はほとんどいないと分かる。ここの朝食は以前はフランス風でいいなと思っていたが、今や簡素なコンチネンタルブレックファーストに思えてしまうのが悲しい。

昨日街を歩いてみても、開いていないホテルがいくつもあった。観光業が主力のビエンチャンに外国人が来ないことは死活問題であろう。今泊まっている宿も、泊り客が来るとは思っておらず、何となく投げやりに運営しているようにしか見えない。次回ここに来た時、どこのホテルが残っているのだろうか。

食べていると、なぜか誰もいないのにわざわざ私の後ろの席に座る夫婦がいた。どうみても中国人だ。こんな時期だから遠く離れた席に着けよ、と思わず言いたくなる。そしてさらにやってきたおじさんも中国人で、現地の華人と何やら商売に話をしている。ラオスは一部の中国人にとってはコロナの避難場所となっているのだろうか。

ちょっと不愉快な気分のまま、外を散歩する。特に見るべきものもなく、ふらふらと歩く。以前は沢山いた観光客の姿は少なく、どこの宿も店も開店休業状態に見えた。バトゥサイ方面を歩いても、地元の人さえ、ほとんどいない。寺でゆっくり休もうかと思ったが、開いていないところもある。いよいよ世界的にコロナが広がりつつある。後一週間経てば、ここに来ることもできなくなるかもしれない。

飛行機までには時間があったが、外も見るところがなく、部屋に帰って涼む。テレビを点けると、バドミントンの全英選手権をやっており、日本選手と台湾選手の試合を放送している。こういう試合、日本ではなかなか見られないよなあ。それにしてももし東京五輪が開催されれば、バドミントンのシングルスは男女とも台湾が金メダルという可能性があるな、と思ってしまう周天成の動きだった。

11時になったので、宿をチェックアウトして、空港へ向かう。相変らずバスは整備されえおらず、トゥクトゥクを探して料金交渉して乗り込む。運ちゃんも苦しい時間を過ごしていると思うので、ハードな交渉はなしだ。まあ観光客も少ないから、トゥクトゥクもあまりいない。

空港まではわずか10分。ここは何度も来たのでよくわかっている。先月行ったパクセーの空港に比べればさすがに大きいが、それでも首都空港としてはかなり小さい方だと思う。ボードを覗くと、中国と韓国へ向かう便は軒並みキャンセルが出ており、バンコックへ向かう白人などがチェックインをしていた。

カウンターでは少し緊張する。係員はバンコックからどこへ行くのか、と聞いてきたので、東京へ帰ると答えると、案の定帰りのチケットを要求してきた。一応これも想定内で準備していたので、難なく通過した。一番恐れていた10万ドルの海外保険提示要請がなかったのは有難い。勿論熱がないことは入り口で測られていた。

2階に上がると、レストランなどもあり、食事ができるようになっていたが、腹も減っていなかったので、そのまま出国審査を通り過ぎた。乗客のほとんどいないガランとしたベンチでPCを開けて、旅日記を書いていた。すると近くで急にけたたましい話声が聞こえてきた。中国語でこんなうるさい会話を聞いたのは2か月ぶりだろうか。若者が10人以上いるのだが、彼らはどうしてここにいるのだろうか。そしてどこへ行くのだろうか。

推測するに、彼らはラオスに働きに来ていたのではないか。そしていよいよ帰国することになったのだ。ラオス人の係員が突然中国語で『広州行きはあっちのゲートだ』と叫ぶと、数十人がぞろぞろ動いて行き、その中に若者たちもいた。非常に減便されている中、貴重な広州行きだったということか。それにしてもいつもうるさいと思って避ける中国人の団体が何とも懐かしく思えるのは、コロナのせいだろうか。

タイスマイルは最低1日2便、今もバンコック-ビエンチャンを飛んでいるようだった。搭乗すると乗客は半分以下。それでも意外と乗っているなと感じる。一応食べ物も出てきたが、あまり食べたいとは思わない。ドリンクだけを飲んで、目をつぶっていく。果たしてバンコックの空港はどうなっているだろうか。万が一トラブルに巻き込まれたらどうなるのだろうか。昨日離れたばかりのバンコック、たった1日でガラッと状況が変わりかねない中、かなり不安な状況が続いていた。

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